水戸ホーリーホック30周年記念イベント ~後編~
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2024年7月23日、水戸市泉町の水戸市民会館ユードムホールにてクラブ創設30周年記念イベント「MITO HOLLYHOCK 30th ANNIVERSARY EVENT」が開かれ、クラブの歴史と未来が語られました。今回はその内容を前編・後半に分けて一挙にレポート!後編では、東日本大震災を経験した2011年から現在までをご紹介!また、最後には監督と社長も登壇し、熱い思いを語ってくれました!
(前編はこちら)
第三部 2011-2018 震災を経て、この街のために
東日本大震災、苦境の残留争い。数々の困難を乗り越えたレジェンド達が登場
トークイベント第三部は、推しレジェンド選手権の上位にも選ばれた本間選手、三島選手、船谷さん、鈴木さん、そして元選手の飯田優二ジュニアユース監督が登壇しました。

東日本大震災を経験した水戸ホーリーホック
この時代を語るうえで決して外す事ができないのが、2011年3月11日の東日本大震災。リーグ戦を翌日に控え、ちょうど練習中だったチームは水戸市河和田町のツインフィールドで震災を経験しました。
「大きな揺れがあって『大変だ』とみんな動揺していたのですが、当時は元日本代表キャプテンの闘将・柱谷哲二監督の時代。とんでもなく強い余震が続くなかでも「明日のJリーグはやるかもしれない」と練習を続けていましたね」と振り返る本間選手。
「でも、さすがにスタッフが練習を中止にして、その後、最初に控室から逃げたのは柱谷さんでした(笑)。切り替え早い(笑)」とユーモアたっぷりに当日の様子を伝え、会場の雰囲気を明るくします。

当時を振り返る本間選手
日本サッカー界のレジェンドでもある鈴木さんは、震災を機に、故郷・茨城にある水戸ホーリーホックへ加入した一人。
「被災したチーム、水戸市、茨城県に貢献したい気持ちで始めましたが、結局、一番自分が応援されて、サッカー選手を4年も続けさせて貰えました。何かしたかったのに、皆さんからいろいろと力を貰えて、感謝の気持ちで常にプレーしていました」
当時、全国ニュースで驚きを持って伝えられた鈴木選手の水戸への加入。被災したファン・サポーターたちの心からの声援に、実は複雑な心境であったことも語られました。

日本サッカー界のレジェンド鈴木隆行さん
時は過ぎ2015年。ホーム最終戦まで残留争いを繰り広げた苦しいシーズンは、コンサドーレ札幌とのホーム最終戦の終了間際、三島選手の劇的ゴールによって残留を決めました。

2015年J2 第41節 後半アディショナルタイムに三島選手のシュートがゴールネットを揺らし、水戸のJ2残留を決めた
「残留争いの辛い年だったので、喜びが爆発した瞬間でした」と三島選手。そのゴールをアシストした船谷さんも「辛いシーズン」と評しつつ、同学年で共にプレーした岩尾憲選手(現徳島ヴォルティス)、馬場賢治さん、田中雄大さんらと一緒にチームをまとめ上げ、「周りが助けてくれた部分が大きかったです」と、あの年を懐かしそうに語ります。

三島選手の劇的ゴールをアシストした船谷さん
そして話題は、この頃の「思い出のゲーム」に。島田監督は2012年のアウェイ湘南ベルマーレ戦、飯田監督は自身が出場したホームの鳥取戦を挙げ、「震災から再開された時期のゲームでしたから感慨深く、自分たちがサッカーをやっている意義を感じた試合でした」と思い返していました。

震災後のゲームの思い出を語る飯田優二監督
そして当時、水戸のエースとして活躍した三島選手の忘れられない試合は、シーズン途中で松本山雅FCに移籍する直前のホーム町田ゼルビア戦と、移籍直後の古巣・水戸ホーリーホック戦。
「あの時ほど、あんなすごい感情でやった試合はないです。町田戦ではウォーミングアップでサポーターの皆さんが横断幕や応援歌を歌ってくれた時点で泣いていて、終わった後も泣きながら挨拶しました。僕にとって一番思い出深いシーンですね。それで移籍してホーム一発目の試合が水戸戦ですから、こんな気まずい試合はなかったです。感情的にも難しい試合でした」

忘れられない水戸のファン・サポーターへの思いを語る三島康平選手