岩﨑博選手インタビュー
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【プロフィール】岩﨑博(いわさきひろし)水戸ホーリーホック DF背番号5 ●2002年10月11日生まれ [出身地] 山梨県甲府市 [身長/体重] 186cm/82kg [血液型] A [利き足] 左 [加入歴]1年目 [経歴] Uスポーツクラブ→ヴァンフォーレ甲府U-15→ヴァンフォーレ甲府U-18→桐蔭横浜大学→栃木SC
チャンスは準備する者に訪れる――壁を越え続けるDF岩﨑博
一度はサッカーを離れた少年時代。遠回りから始まった挑戦
186cmの恵まれた体格と正確なフィードを生み出す左足、そしてスピードを武器に、最終ラインからチームを支える若きディフェンダー・岩﨑博選手。プロ2年目を迎え、J1という新たな舞台に挑む今シーズン。怪我による離脱を経験しながらも常に向上心を持ち続け、着々と復帰への準備を重ねています。
そんな岩﨑選手のサッカー人生が始まったのは、小学2年生の頃。
柔道や水泳などにも親しみ、身体を動かすことそのものを楽しんでいた岩﨑選手は、山梨県内の有名クラブ「Uスポーツクラブ」に通っていた従兄弟の影響を受け、本格的にボールを蹴り始めました。
専用グラウンドを持つ恵まれた環境で練習に励むとともに、フットサルクラブにも通い、毎日ボールと触れ合う日々。当時から身体も大きく、左利きのDFとして才能を伸ばし、関東トレセンに選出されるなど着実に成長していきました。
しかし、小学校から中学校へ進学するタイミングで、最初の大きな試練が訪れます。県内の優秀な選手たちがヴァンフォーレ甲府のアカデミーへ集まる中、進路選びが出遅れてしまった岩﨑選手は、セレクションの機会を逃してしまいます。
「もうサッカーはいいや」
一度は競技から離れ、地元中学校の野球部へ入部。約3ヶ月間、野球に打ち込みました。それでも、心の中にくすぶり続けていたのはサッカーへの情熱。小学生時代の実績を知る周囲のサポートやクラブ関係者の推薦もあり、中学1年の夏前に特例という形でヴァンフォーレ甲府U-15への加入が決定。再びサッカーの道を歩み始めます。
試合に出られなくても終わりではない。腐らず掴んだ次への道
待望のアカデミー加入を果たしたものの、中学3年間の道のりは決して順調ではありませんでした。
公式戦に出場する機会は少なく、周囲との関係にも悩み、時にはチームの輪を乱して練習から外されそうになるほどの壁にぶつかります。それでも、岩﨑選手のポテンシャルを信じ、期待を寄せていた指導者から掛けられたのが、「ユースの練習に行って揉まれてこい!」という言葉でした。
上の世代への武者修行。
フィジカルも技術も一回り上の先輩たちに囲まれた環境は、岩﨑選手にとって余計な迷いを捨て、夢中でサッカーと向き合う絶好の転機となりました。そして、高いレベルに必死で食らいつく姿勢が評価され、中学時代はほとんど試合に出られなかったにもかかわらず、ヴァンフォーレ甲府U-18への昇格を勝ち取ります。
しかし、高校世代でもすぐに定位置を掴めたわけではありませんでした。
高校1、2年時は出場機会に恵まれない時期が続きましたが、腐ることなく自身のプレースタイルや課題と向き合い続けた岩﨑選手。高校3年時には試合に出場できるようになり、トップチームの練習参加も経験。それでも自身の現在地とプロの厳しさを冷静に見極め、高卒でのプロ入りではなく、大学でさらなるレベルアップを目指す道を選びます。
そして、進学先に選んだのは、桐蔭横浜大学。多くのプロを輩出する関東1部リーグの強豪です。世代別の代表歴や全国大会での華々しい実績を持たない自身にとって、成長を目指せる最高の環境だと考えて選んだ道でした。
退路を断ってプロへ。大学4年間で手にした武器
大学での4年間は、岩﨑選手にとってアスリートとしても、一人の人間としても大きく成長する期間となりました。
「ずっと試合に出られた4年間ではなかったですが、すごく成長できた部分を感じています。特に初めての一人暮らしを通じて、食事や栄養管理に細かく気を配るようになり、本格的な筋トレを導入したり、本気でプロに行くための努力をした期間でした」
筋力トレーニングによる肉体改造によって、攻守で存在感を放つスピードとパワーを身につけ、自身の大きな武器へと昇華。最終学年となる4年時には、確かな自信を持ってプレーできるようになりました。
それでも、プロチームからの直接のオファーはなかなか届きません。岩﨑選手は、就職活動という退路を断ち、「プロになる」という目標だけを追い続けます。
そして迎えた、栃木SCの一員として出場した練習試合。その一戦で自らの力を示し、ついにJリーガーへの切符を掴み取ります。それは、幼い頃から抱き続けてきた大きな夢を、自らの手で現実のものにした瞬間でした。