安藤晃希選手 インタビュー
お気に入りに追加
【プロフィール】安藤晃希(あんどうこうき)水戸ホーリーホック MF背番号33 ●2007年9月22日生まれ [出身地] 東京都大田区 [身長/体重] 170cm/60kg [血液型] A [利き足] 右 [加入歴] 1年目 [経歴] ヘラクレスFC→大森FC→田口フットボールアカデミージュニアユース→流通経済大学付属柏高校
“1対1で抜く”を貫く――流れを変えるドリブラー 安藤晃希
“嫌々”から始まったサッカー人生
今季、名門・流通経済大付属柏高校から水戸ホーリーホックに新加入した安藤晃希選手。 圧倒的な加速力と相手の意表を突く鋭いドリブルを武器に、膠着した試合の流れを一変させる力を持つアタッカーです。
高卒1年目ながら屈強なJ1選手にも物怖じせず、自身のプレースタイルを貫く姿勢と、「1対1なら絶対に抜ける」と言い切る強い自信。J1参入元年の水戸において、試合の流れを変える戦力として大きな期待を集めています。
そんな安藤選手のサッカー人生の始まりは、少し意外なものでした。4人の妹を持つ5人兄妹の長男として育ち、幼稚園に入ると、共働きの両親が送り迎えの時間を少しでも遅らせるため、半ば強制的に園内のサッカークラブに入ることに。
「最初は母に嫌々やらされていましたね」
そう振り返る少年は、やがてボールを追いかけるうちにその魅力に夢中になり、次第に自らの意思でプロへの道を歩み始めます。
流経大柏で直面した葛藤と転機
小学校高学年でより高いレベルを求めて大森FCへ移籍し、中学時代は男女ともにプロを輩出している田口フットボールアカデミー(tfa)で「見ている人を楽しませる攻撃のアイデア」を叩き込まれました。
そして進学先に選んだのは、Jクラブのオファーを断ってまで決断した流通経済大学付属柏高校。理由は、同校でプレーしている、慕っていた先輩たちの存在でした。
「中学2年の時、1個上の3年のチームでプレーさせてもらった時に、めちゃくちゃ可愛がってくれてお世話になった大好きな先輩たちが流経に行ったんです。また一緒にサッカーをしたくて、自分も迷わず後を追いました。その先輩たちが他の高校だったら、多分その高校に行っていたと思います」
しかし、待っていたのは厳しい現実。熾烈な競争とスタイルへの葛藤でした。
大所帯の中で1年時からトップチームに絡むも、前に速いチームスタイルの中で「自分の良さが分からなくなった」と塞いでしまうほどの迷いに直面。それまでの得点感覚やボール感覚も失いかけた時期もあったといいます。
その状況を変えるターニングポイントとなったのが、2年時のコンバートでした。
元プロ選手でもある山根巌コーチからサイドハーフに配置転換されたことで、外に張って仕掛けるドリブルスタイルが覚醒。選手権では決勝まで勝ち進み、惜しくもPK戦で敗れたものの、慕っていた先輩たちと共に高校サッカー界の頂点まであと一歩のところまで迫りました。
プロへの決断。迷いの先に見えたもの
高卒でプロになるか、大学進学か。人生の大きな岐路に立った安藤選手。水戸をはじめ、他のJクラブに練習参加した中で、次の進路を決めかねていました。
「自分の武器は通用すると思いましたが、フィジカルや守備の部分がまだ足りていない。自分では、このままプロになっても潰れて終わってしまうと考えていたんです」
進学に傾きつつある気持ちと、プロ入りを勧める監督やコーチのアドバイスを信じたい気持ち、そしてずっと支えてくれる家族の経済的負担への心配。さまざまな葛藤が入り混じる迷いの中で迎えたプレミアリーグの浦和レッズ戦。その試合で、すべてを出し切る覚悟でピッチに立ちます。
「自分のやりたいプレーを全部出そうと決めて入ったら、そこでいいプレーができて。それで吹っ切れました」
その瞬間、プロへの決意が固まったといいます。
そして高校最後の冬。水戸への加入内定後に挑んだ最後の高校選手権では準決勝に進出。茨城県代表・鹿島学園と対戦し惜しくも敗れますが、高校時代の悔しさをバネに、いつか欧州チャンピオンズリーグで活躍し、日本をW杯優勝に導く選手になるという夢を抱いてプロの舞台に上がりました。