【いばナビ】ホーム > 茨城イイトコナビ > 筑西・結城・古河 記事一覧 > 球界最高峰の守備力と讃えられた元プロ野球選手 仁志敏久

多くのファンを沸かせた古河市出身のアスリート

侍ジャパンU-12監督が考える子どもたちへの指導論とは

読売ジャイアンツと横浜ベイスターズで活躍した仁志敏久さん。二塁手として、チームのピンチを幾度も救い、予知能力ともいえる好守備で人気を博しました
侍ジャパンU-12の監督としてもチームを勝利へと導き、2016年にはアジアの頂点へと登りつめました。野球を通じて、自らが率先して考え、行動できる子どもの育成を目指す、仁志敏久流の指導論を語っていただきました。
(地域情報誌「こがも」2018年4月号に掲載された内容です)

野球人生の基盤をつくった『考える野球』との出会い

古河市出身のアスリートとして多くのファンを沸かせてきた元プロ野球選手、仁志敏久さん。その少年時代、小学4年生のときに野球を始めました。地元の少年野球チームに入団し、現在古河庁舎が建つ、かつての練習場所まで自転車で40分かかる道のりを通い、練習に励んでいたといいます。野球好きな父親の影響もあり、小学生にして毎日200本もの素振りをこなしていたそうです。

その後、中学生になった仁志少年。徐々に頭角を現すと、各大会で活躍を見せるようになります。そして3年生になり、進路を決めかねていたときに、チームメイトの父兄からの勧めをきっかけに進学を決意します。選んだのは土浦の名門・常総学院高校でした。
翌春。晴れて常総学院に入学した仁志少年は、そこで運命の出会いを果たします。取手二高を率いて夏の甲子園を制した名将、木内幸男監督との出会いです。

木内監督は選手に細かい指示は出さず、選手たちは自分で考えて正しい答えを導きださなければなりませんでした。「難しさもありましたが、そうした『考える力』を身につけさせてくださる監督はなかなかいません」と振返る仁志さん。甲子園での大活躍によって知名度を増すと同時に、木内監督のもとで培った『考える野球』は、その後の野球人生の基盤をつくり、更なる飛躍を遂げる糧となりました。

球界最高峰の守備と称されたプロ野球選手時代

常総学院を卒業し、早稲田大学に活躍の場を移した仁志選手。その後、日本生命での社会人野球経験を経て、1995年、ドラフト2位で読売ジャイアンツに入団します。すると、パンチ力のある打撃とセカンドでの攻める守備が高く評価され、プロの世界でもチームの主力として活躍。優れた打球判断能力と、バッターにあわせて守備位置を変える大胆なポジショニングで相手打線のヒットをことごとく阻む高い守備力は、球界最高峰と讃えられ、1999年から2002年にかけて、4年連続でゴールデングラブ賞を受賞。投打に活躍を重ね、球界屈指の技巧派選手へと成長を遂げていきました。

そして2007年、ジャイアンツを離れて横浜ベイスターズへ移籍。経験豊かなプレーで存在感を見せると、2010年には海を渡り、アメリカ独立リーグのランカスター・バーンストーマーズでプレーを続けます。しかし右太腿の状態悪化によって現役続行を断念。引退を決意し、指導者への転進を模索しました。

侍ジャパンU-12監督が考える、子どもたちへの指導論とは

2013年から野球日本代表・侍ジャパンの選手育成に携わる仁志さん。現在はU-12(12歳以下)日本代表の監督を務め、アジア選手権優勝など、指導者と
しての実績を重ねています。子どもたちが自発的に行動したり発言したりできることを目指して指導していると話す仁志監督。グラウンドでは多少の指示は出しますが、試合中のプレーに関する失敗などについて、何か言うことはまずないと言います。試合後のミーティングで話し合いながら、次への解決策を考えていくのだそうです。

「子どもたちが自ら考え、決断できるように、なるべく大事なところには口を出さないようにしています。たとえ間違ったとしても自分たちが出した答えであれば、まずはやらせてみる。それでもうまくいかなければまた考えればいい。決められたことをやらされているうちは、子どもたちの真の実力にはならないのです」
『押しつけること、決めつけること、怒鳴りつけること』は絶対にしないという仁志監督。子どもたちの自主性を重視した指導論を語ってくれました。

精神的な成長を求められるスポーツ・野球を通じて教育を

指導者として活躍する仁志さんは、全国各地で少年野球指導者や保護者の方を対象に、技術面や体づくりの講義、指導に携わる方をケアする『野球指導者座談会』を開催しています。そうした活動について、「僕は野球を通してしかできることはないので、少年野球の手助けになることは今後もたくさんやっていきたいと考えています。近年では、野球をやっている子どもたちだけでなく、指導者の方の手助けも必要だと感じています。指導してくれる方がいないと野球をする子どもが増えていかないので、指導者の方の支援になるようなことも行っていきたいと思っています」と、少年野球の未来にも思いを馳せています。

「野球というスポーツは団体で行う競技ですが、ボールに携わっているときは絶対にひとりなので、誰も助けてくれません。サッカーやラグビーのように味方にパスを出すことができないので、自分の判断がチームの判断になるという難しさもあります。そうした中で精神的な成長を求められるスポーツであるというのが、野球の魅力だと思います。野球を通して教育ができるというのも魅力のひとつだと思います」
野球の魅力について、そう話す仁志さん。自身が務めるU-12の練習も実質3週間程度。短い時間の中でも子どもたちが変化し、成長した姿を見るのが一番の楽しみなのだと笑顔を見せます。

これからも『考える野球』を武器に世界と戦っていく仁志さん。子どもの自主性を引き出し、強さに変える仁志流の指導法で、次世代を担う野球少年たちの未来を明るく照らしてくれることでしょう。

仁志敏久さん プロフィール

◆仁志 敏久[ にし としひさ ]
【生年月日】1971年10月4日生まれ
【出身】茨城県古河市
【投打】右投右打
【ドラフト】1995年ドラフト2位
【選手歴】
常総学院高等学校→早稲田大学→日本生命→読売ジャイアンツ(1996年-2006年)→横浜ベイスターズ(2007年-2009年)→ランカスター・バーンストーマーズ(2010年)
【監督・コーチ歴】
チャイニーズ・タイペイ戦(2013年)
BFA 12Uアジア選手権(2014年)
日米野球(2014年)
BFA 12Uアジア選手権(2014年)
WBSC プレミア12(2015年)
WBSC U-12 ワールドカップ(2015年)
欧州代表戦(2015年)
侍ジャパン強化試合(2016年)
BFA U-12アジア選手権(2016年)
WBSC U-12 ワールドカップ(2017年)
WORLD BASEBALL CLASSIC™(2017年)

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